世代をつなぐ会話術

「なぜ指示通りにならない?」年下部下の「見えない前提」を理解する対話術

Tags: 世代間ギャップ, コミュニケーション, 部下育成, 対話術, 指示伝達, 中間管理職

はじめに:指示が伝わらないと感じる「見えない壁」

中間管理職として、年下の部下に業務指示を出した際に、「どうも意図した通りに動いてくれない」「期待していた結果と違う」「なぜ、そのように判断したのか理解できない」と感じることはありませんでしょうか。一生懸命伝えたつもりでも、指示がスムーズに実行されない時、戸惑いやもどかしさを覚えるかもしれません。

これは、単に部下の能力や意欲の問題ではなく、世代間で異なる「見えない前提」や「仕事の常識」が影響している場合があります。無意識のうちに持っているこうした前提の違いが、指示の受け取り方、情報の解釈、優先順位の付け方、そして具体的な行動選択に影響を与えているのです。

この「見えない前提」の違いを理解し、対話を通じてすり合わせることは、指示の伝達効率を高めるだけでなく、部下の主体性を引き出し、お互いの信頼関係を深める上で非常に重要です。また、「自分の当たり前」を押し付けるのではなく、異なる前提があることを認識し、丁寧にコミュニケーションを取る姿勢は、ハラスメントリスクの低減にも繋がります。

この記事では、年下部下の「見えない前提」とは何か、それが指示の伝わりにくさにどう影響するのかを解説し、そのギャップを埋めるための具体的な対話術についてご紹介します。

年下部下の「見えない前提」とは何か

世代が異なれば、育ってきた社会環境、情報収集の方法、価値観、キャリア観、そして仕事に対する考え方も自然と変化します。これらの違いが、私たちが意識することのない「当たり前」「常識」といった「見えない前提」として形成されます。

例えば、

これらの「見えない前提」は、当人にとってはあまりにも当たり前なので、意識されることがほとんどありません。しかし、指示を出す側と受ける側でこの前提が異なると、「なぜ、そこで確認しないのだろう」「どうして、もっと早く報告しないのだろう」「言われた通りにやったのに、なぜ評価されないのだろう」といった認識のズレが生じ、指示通りの行動に繋がりにくくなるのです。

「見えない前提」を理解し、共通認識を築く対話術

世代間の「見えない前提」の違いは、どちらが正しい、間違っているという問題ではありません。多様な前提があることを認め、理解し、必要に応じて共通認識を築いていくことが重要です。そのための鍵となるのが「対話」です。一方的に指示を出すだけでなく、相手の考えや背景にある前提を引き出し、自身の前提も開示する双方向のコミュニケーションを心がけましょう。

具体的な対話のコツは以下の通りです。

1. 「なぜ、そのように考えたのか?」と問う傾聴の姿勢

指示通りでない行動が見られた時、頭ごなしに否定したり、問い詰めたりするのではなく、「なぜ、そのように考えたのか」「その時、何を優先したのか」と、部下の思考プロセスや判断の背景に関心を持って問いかけることから始めましょう。これは、相手の「見えない前提」を探るための重要なステップです。

そして、相手の話に耳を傾け、まずは最後まで聞くことに徹します。遮らず、評価せず、まずは理解しようとする姿勢を示すことが、部下が安心して自身の考えを話せる雰囲気(心理的安全性)を作り出します。

2. 指示の「目的」「背景」「期待する結果」を明確に伝える

自身の指示に潜む「見えない前提」を言語化し、部下と共有することが重要です。「〇〇をしておいてください」という指示だけでなく、「なぜこの業務が必要なのか(目的)」「この業務が全体の中でどのような位置づけにあるのか(背景)」「この業務を通じて最終的にどういった状態を目指すのか、どんなアウトプットを期待しているのか(期待する結果)」といった情報を具体的に伝えることで、部下は指示の意図をより深く理解し、自身の前提と照らし合わせながら適切な行動を選択しやすくなります。

3. 「自分の当たり前」も開示し、押し付けない

「自分なら当然こうする」「これくらいは言わなくてもわかるだろう」といった自身の「当たり前」や「前提」を、部下は共有していない可能性があることを認識しましょう。必要であれば、「私としては、こういう時は〇〇だと考えているのだけど、君はどう思う?」のように、自身の前提も丁寧に言語化して伝えることで、相互理解を深めることができます。

自身の前提を伝える際も、「それが絶対的に正しい」という態度ではなく、「自分はこう考えている」という一つの視点として開示する姿勢が大切です。

4. 具体的な行動例や判断基準を示す

抽象的な指示や、特定の状況における判断を部下に委ねる場合、「このような場合はAのように対処すると良い」「判断に迷ったら、この情報を確認してほしい」など、具体的な行動例や判断の基準を併せて示すことも有効です。これにより、部下は自身の「見えない前提」に基づく解釈だけでなく、上司が期待する行動や判断の方向性を理解しやすくなります。

5. 疑問点や懸念を「安心して」話せる雰囲気作り

部下が指示の内容や自分の解釈について疑問や懸念を抱いた際に、「こんなことを聞いたら怒られるのではないか」「無知だと思われるのではないか」といった不安を感じることなく、安心して質問したり、自分の考えを述べたりできる関係性を日頃から構築しておくことが最も重要です。定期的な1on1や、業務指示の際に「何か不明な点はあるか」「進める上で懸念はあるか」といった問いかけを習慣にしましょう。部下が遠慮なく質問できる環境は、誤解を防ぎ、手戻りを減らす上で不可欠です。

実践例:報連相の認識ズレを解消する対話

上司(田中課長): 「山田君、先週依頼した〇〇プロジェクトの資料、今日の午前中までに提出してくれるかな」

部下(山田さん): 「はい、承知いたしました。進捗はチャットで適宜報告します。」

(午前中、山田さんからチャットで「資料の構成案ができました」「データ収集が完了しました」などの報告は来るが、資料本体は提出されない)

上司(田中課長): (午前を過ぎても資料が来ない…チャット報告はあったが、これはどういうことだろう?今日中に必要なのに…)「山田君、資料の提出をお願いできますか?」

部下(山田さん): 「あ、はい。まだ構成案とデータはありますが、清書が終わっていないので午後になるかと思います。」

上司(田中課長): (清書?今日の午前中って言ったのに…なぜすぐに出せないんだ?) ここで、「なぜすぐに出せないんだ?」と問い詰めるのではなく、背景を理解しようと試みる。 「山田君、資料提出の件なんだけど、午前中にお願いしたのは、今日の午後の会議でその資料を使うからなんだ。山田君は、午前の提出は構成案やデータができていれば良い、と考えていたのかな?なぜそのように思ったのか、差し支えなければ聞かせてもらえますか?」

部下(山田さん): 「はい。これまでの業務では、まず構成案や収集データを午前中に報告して、フィードバックを受けてから清書して提出するという流れが多かったので、今回もそのように考えていました。資料は最終版を提出するものだと思っていました。」

上司(田中課長): 「なるほど、そうだったんですね。これまでの経験からの『当たり前』だったわけだね。今回は会議に間に合わせる必要があったので、構成案の段階でも良いから、まず現状共有のために午前中に出してほしかったんです。私の『午前中までに提出』という指示が、最終版という意味に捉えられてしまったんですね。伝え方が不十分でした、すみません。今後は、いつまでに『どの状態の』資料が必要なのかを明確に伝えるようにしますね。今回は清書は間に合うように進めてもらえるかな?」

部下(山田さん): 「はい、承知いたしました。すみません、急いで対応します。今後は、どの状態での提出か確認するようにします。」

この例では、上司が部下の行動の背景にある「これまでの経験に基づく前提」を問いかけによって引き出し、自身の「指示の意図(会議で使うため現状共有したかった)」という前提を明確に伝えることで、認識のズレを解消し、今後のコミュニケーションでの確認事項を共有しています。部下も自身の判断基準を言語化する機会を得られ、上司の意図を理解することで、次に活かす学びを得られます。

まとめ:「見えない前提」の共有が、世代をつなぐ会話の土台となる

年下部下の行動が期待通りでないと感じる時、そこには世代間の「見えない前提」の違いが隠れている可能性が高いです。これはどちらが優れている劣っているではなく、異なる環境で育った故の自然な違いです。

この「見えない前提」に気づき、理解し、対話を通じてお互いの前提を共有していくプロセスこそが、指示の伝達を円滑にし、部下の主体的な成長を促し、そして何より信頼関係を構築する上で不可欠です。「なぜ指示通りにならない?」と悩むのではなく、「どのような前提があって、そう判断したのだろう?」と問いかけ、耳を傾ける姿勢を持つことから始めてみてはいかがでしょうか。

世代を超えて「見えない前提」を共有する対話は、時に時間や労力を要するかもしれません。しかし、この土台があってこそ、よりスムーズな業務連携、心理的安全性の高い職場環境、そしてハラスメントの懸念を払拭した健全な人間関係が築かれていくのです。ぜひ、今日からあなたの部署でも、少し意識して対話の時間を増やしてみてください。