『言わなくてもわかる』は危険信号?世代間の無意識の前提を共有する対話のコツ
世代間の「言わなくてもわかる」が無用な壁になる時
職場で年下の部下と接する中で、かつては「言わなくてもわかる」とされていた常識や仕事の進め方が、どうも通用しないと感じることはありませんか。一生懸命に指示を出したつもりでも、部下の反応が期待と違ったり、思わぬ誤解が生じたりして、戸惑いを覚えるかもしれません。場合によっては、良かれと思って伝えたことがハラスメントと受け取られないかという不安すら感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
こうした課題の背景には、世代によって異なる「無意識の前提」や「当たり前」の感覚が存在することが多くあります。私たちは皆、育ってきた時代や社会環境、教育、キャリア経験を通して独自の価値観や仕事観を形成しています。そして、これらの「無意識の前提」が、日々のコミュニケーションにおける言葉の選び方や、相手の言動の受け止め方に大きな影響を与えているのです。
本稿では、この世代間の「無意識の前提」の違いがなぜコミュニケーションの壁となるのかを掘り下げ、その壁を乗り越え、年下の部下とより円滑で建設的な関係を築くための「対話のコツ」について具体的に解説します。お互いの「当たり前」を共有し、理解を深める対話を通じて、信頼関係を強化し、チーム全体のパフォーマンス向上に繋げるヒントをお届けします。
なぜ「言わなくてもわかる」が通用しないのか:世代間の無意識の前提とは
世代が異なれば、社会情勢、テクノロジー、雇用環境、教育方針など、経験してきた多くの事柄が異なります。これらの違いが、仕事における価値観、キャリアへの考え方、組織への帰属意識、そして「働くこと」そのものに対する「無意識の前提」に影響を与えています。
例えば、高度経済成長期を経験した世代にとっては、「会社への貢献」や「終身雇用」といった考え方が自然な「当たり前」であったかもしれません。一方、多様な働き方が一般化し、情報が溢れる環境で育った若い世代にとっては、個人の成長やワークライフバランス、プロジェクトごとの貢献といった点に価値を見出すことが「当たり前」である場合があります。
このように、互いが異なる「当たり前」を無意識のうちに持っているため、「言わなくてもわかるだろう」と思って指示や期待を伝えても、相手はその前提を持っていないために意図が正確に伝わらなかったり、予期せぬ反応が返ってきたりするのです。
無意識の前提の違いが引き起こすコミュニケーションの問題
世代間の無意識の前提の違いは、具体的な職場のコミュニケーションにおいて様々な問題を引き起こす可能性があります。
- 指示の誤解と期待値のズレ: 上司が「これくらいは当然できるだろう」「言わなくてもこうするだろう」という前提で指示を出すと、部下はその前提を共有していないため、指示内容の解釈が異なったり、必要な確認を怠ったりすることがあります。結果として、期待通りの成果が得られず、上司は「なぜ分からないんだ」と感じ、部下は「指示が不明確だ」と不満を抱える、といった状況に陥ります。
- 意欲やモチベーションの低下: 上司が「仕事を任せれば、自分で考えて最後までやり遂げるはずだ」という前提で進捗確認を最小限にすると、部下は「放任されている」「関心を持たれていない」と感じ、孤立感から意欲を失うことがあります。逆に、部下が「逐一報告・相談するのが当たり前」と考えているのに、上司がそれを求めていない場合も、部下は不安を感じる可能性があります。
- ハラスメントと誤解される懸念: 上司が、自身の育った時代の「常識」に基づいた指導や声かけをした際に、それが現代のハラスメントに関する認識とズレていると、意図せず部下を傷つけたり、不信感を与えたりするリスクがあります。例えば、「これくらいできて当然」という言葉や、厳しさの表現が、部下にとっては過度なプレッシャーや人格否定のように聞こえてしまう可能性も否定できません。
これらの問題は、どちらか一方が「間違っている」のではなく、単に持っている「無意識の前提」が異なるために生じていると言えます。重要なのは、この違いを認識し、お互いの前提を「共有」する努力をすることです。
世代間の無意識の前提を「共有」し、すり合わせる対話のコツ
世代間の無意識の前提の壁を乗り越えるためには、一方的に相手を変えようとするのではなく、お互いの「当たり前」を理解し、共通認識を築くための「対話」が不可欠です。以下にその具体的なコツをご紹介します。
1. 自分の「無意識の前提」に気づく
まず、自分自身がどのような「無意識の前提」を持っているのかに気づくことから始めます。
- 内省する: どのような状況で年下部下との間にギャップを感じるか、どのような指示や言葉で戸惑いが生じるかを振り返ってみましょう。「なぜ、部下はこう考えないのだろう?」「どうしてこれが通じないのだろう?」と感じた時こそ、自分の「当たり前」が露呈しているサインかもしれません。
- 観察する: 部下の行動や言動を注意深く観察します。彼らが何を重視し、何に価値を見出し、どのような点に疑問を感じているのかを観察することで、彼らの「当たり前」の一端を垣間見ることができます。
- 異なる意見に耳を傾ける: 部下や他の世代の同僚からの意見に積極的に耳を傾け、自分の考えとの違いを認識します。「自分とは違うな」と感じた時こそ、自分の無意識の前提に気づくチャンスです。
2. 相手の「無意識の前提」を引き出す
部下がどのような「無意識の前提」を持っているのかを理解するためには、相手から話を引き出す対話が有効です。
- 「なぜそう思うの?」「どう考えたの?」と問いかける: 結果だけでなく、部下がそのように考えたり行動したりした「背景」や「理由」を尋ねる質問を投げかけます。「なぜその方法を選んだの?」「この件について、あなたが考えている懸念点はある?」といった問いかけは、部下の思考プロセスや前提を引き出す助けになります。
- 「私にとってはこうなのですが、あなたはどうですか?」と自己開示する: 自分の「当たり前」や期待を率直に伝えることで、部下も自身の考えを話しやすくなります。一方的に「こうしろ」と指示するだけでなく、「私としては、この仕事は〇〇という理由で重要だと考えているのですが、あなたはこの件についてどのように感じていますか?」のように、自分の視点を共有しつつ相手の意見を促します。
- 傾聴の姿勢を示す: 部下の話を遮らず、批判せず、真摯に耳を傾けます。言葉の背後にある感情や考え、彼らが「当然」だと思っていることを理解しようとする姿勢が、部下の安心感に繋がり、本音を引き出しやすくなります。
3. 前提の違いを認識し、共通理解を築く対話を進める
お互いの「無意識の前提」の違いを認識した上で、共通の理解を築くための建設的な対話を進めます。
- 言葉や概念の定義をすり合わせる: 同じ言葉を使っていても、世代によって意味合いや重要度が異なることがあります。「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」ひとつとっても、その頻度や詳細度、必要なタイミングに対する「当たり前」は異なります。「報連相について、私の期待は〇〇なのですが、あなたはどう考えていますか?」「この『期日までに』というのは、具体的にいつを指しますか?」のように、基本的な言葉や概念についてもお互いの認識を確認します。
- 目的と背景を丁寧に共有する: なぜその仕事が必要なのか、その仕事が全体のどのような目的や成果に繋がるのか、といった背景情報を丁寧に伝えることは、部下が仕事の意味を理解し、自らの前提と結びつけて納得して取り組むために非常に重要です。「言わなくてもわかる」ではなく、「この仕事は、顧客満足度向上という〇〇の目的に繋がっていて、前回の課題を解決するためのステップなんです」のように具体的に説明します。
- 確認と合意形成を徹底する: 指示や依頼に対して、部下がどのように理解したか、どのような進め方を考えているかを確認します。「今お話しした内容について、どのように理解しましたか?」「進め方について、何か不安な点はありますか?」といった確認は、認識のズレを早期に発見し、修正するために不可欠です。一方的な指示で終わらせず、お互いの理解を深める対話を通じて合意を形成します。
4. 心理的安全性を育む
部下が自分の「無意識の前提」や疑問、懸念を安心して上司に伝えられる雰囲気づくりが、対話の質を大きく左右します。「こんなことを聞いたら怒られるのではないか」「当たり前だと思っていることを知らないと思われるのは恥ずかしい」といった不安があると、部下は口を閉ざしてしまいます。
部下の質問や意見に対して、頭ごなしに否定したり、「そんなことも知らないのか」といった態度を取ったりしないことが重要です。どのような質問や意見も一旦受け止め、「良い質問だね」「そう感じるんだね」といった肯定的なフィードバックを返すことで、部下は「ここでは安心して話せる」と感じるようになります。心理的安全性が高い環境では、お互いの「無意識の前提」が露呈しやすくなり、それを共有し、すり合わせる対話が進みやすくなります。これは、ハラスメントと誤解されるリスクを減らし、より建設的な指導やフィードバックを行う上でも非常に重要です。
まとめ:共有する対話が未来を拓く
世代間の無意識の前提の違いは、時にコミュニケーションの壁となり、指示の伝わりにくさやハラスメントへの不安に繋がる可能性があります。しかし、これは避けるべき問題ではなく、相互理解を深めるためのチャンスと捉えることができます。
自分の「当たり前」に気づき、相手の「当たり前」を引き出し、お互いの前提を丁寧に「共有」し、すり合わせていく対話の積み重ねこそが、この壁を乗り越える鍵となります。「言わなくてもわかる」に頼るのではなく、「言語化して伝え、確認し合う」努力を通じて、世代を超えた共通理解と強固な信頼関係を築くことが可能になります。
今日から、少し意識して、部下との日々の対話の中で「私たちの『当たり前』は同じだろうか?」と自問し、相手の言葉の背景にある「無意識の前提」に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。この小さな意識改革と、ご紹介した対話のコツの実践が、年下部下との関係性をより豊かにし、チーム全体の可能性を最大限に引き出すことに繋がるはずです。