指示の伝わりにくさを解消:年下部下と「期待値」をすり合わせる対話術
年下部下への指示、なぜ伝わりにくいと感じますか?
日々の業務において、年下の部下の方々への指示が、意図した通りに伝わらず、戸惑いを感じることはありませんでしょうか。期待していた成果物と異なっていた、報告のタイミングや内容が不足していたなど、ささいなズレが積み重なり、業務効率の低下や手戻りに繋がるケースは少なくありません。
こうした状況の背景には、様々な要因が考えられますが、その一つに「仕事に対する期待値のズレ」があると考えられます。上司としては「これくらいは言わなくても分かるだろう」「これくらいのスピード感で対応するだろう」と考えていても、部下の方にとってはそれが当たり前ではない、という認識の違いです。
この期待値のズレは、単に経験の差だけでなく、育ってきた環境や情報収集手段、価値観、さらにはキャリアに対する考え方の違いなど、多様な要因によって生じます。そして、このズレが放置されると、お互いに対する不信感や不満に繋がり、良好なコミュニケーションを妨げるだけでなく、「指示の仕方がハラスメントと誤解されないか」といった新たな不安を生む可能性も否定できません。
本稿では、年下部下との間で生じやすい仕事の期待値のズレに焦点を当て、その原因を探り、効果的に「期待値をすり合わせる」ための具体的な対話術と、その実践における重要な視点について解説します。
なぜ「期待値」がズレてしまうのか
仕事における「期待値」とは、上司が部下に対して抱く、業務遂行のレベル、スピード、品質、自律性、報告・連絡・相談の頻度や内容など、様々な側面に関する暗黙的あるいは明示的な基準を指します。この期待値が年下部下との間でズレる主な原因は、以下の点に集約されることが多いようです。
- 経験と前提知識の違い: 上司の方が長年培ってきた業界や自社における「常識」や「当たり前」が、部下の方にとっては未知である場合があります。過去の成功体験に基づいた指示が、前提となる知識や経験が不足している部下には響かないことがあります。
- 価値観や働く上での優先順位の違い: 仕事への取り組み方、ワークライフバランス、キャリアアップに対する考え方など、世代によって価値観は多様化しています。「仕事は厳しさの中に成長がある」「多少無理をしてでも成果を出すべき」といったかつての価値観が、必ずしも年下部下の方々に共有されているわけではありません。
- 情報収集やコミュニケーションスタイルの違い: デジタルネイティブ世代は、短く簡潔な情報伝達や、チャットツールなど非同期コミュニケーションに慣れている傾向があります。対面での丁寧な説明や、長文のメールでの指示が、かえって理解を妨げることもあります。
- 「言われなくても分かる」の落とし穴: 上司が「これくらいは察するだろう」「以前も同じような指示をしたから大丈夫だろう」と省略した指示や説明が、部下にとっては重要な情報の欠落となることがあります。背景や目的が共有されないままの指示は、期待する行動に繋がりにくいものです。
- 成功体験と失敗経験の蓄積の違い: これまでどのような状況で成果を出し、どのような失敗から何を学んできたか。この経験の質と量は、仕事に対するリスクの捉え方や問題解決のアプローチに影響し、期待値のズレを生む要因となります。
これらの要因が複合的に絡み合い、「なぜ自分の指示通りに動いてくれないのか」「なぜこの程度のことが分からないのか」といった上司の疑問や、「どうすれば良いか分からない」「期待されていることが不明確」といった部下の不安に繋がります。
「期待値すり合わせ」のための具体的な対話術
期待値のズレを解消し、円滑な業務遂行と部下の成長を促すためには、意図的に「期待値をすり合わせる」対話の機会を設けることが不可欠です。以下に、そのための具体的なアプローチをご紹介します。
1. 指示の具体化と背景説明の徹底
指示を出す際は、「〇〇しておいて」といった曖昧な表現ではなく、以下の要素を明確に伝えるよう努めてください。
- 何を(What): 具体的な作業内容、成果物の形式や質
- なぜ(Why): その業務を行う目的、背景、全体像における位置づけ、完了することで何に繋がるのか
- いつまでに(When): 最終納期だけでなく、中間報告が必要な場合はそのタイミング
- どのように(How): 望ましい進め方やアプローチ(ただし、部下の裁量を尊重する範囲で)、使用すべきツールや参照すべき情報
- 期待レベル(Expected Level): どの程度の完成度を期待しているのか、特に重要なチェックポイントはどこか
特に「なぜ」を伝えることは、部下の納得感を高め、主体的な行動を引き出す上で非常に重要です。単なる作業指示ではなく、意味のある業務であることを理解してもらうことで、期待値へのコミットメントを高めることができます。
2. 部下からの積極的な確認と質問を促す
指示を一方的に伝えるだけでなく、部下が内容を正しく理解しているかを確認する機会を設けます。
- 「何か不明な点はありますか?」 と一方的に聞くだけでなく、 「この部分について、どのように進めようと考えていますか?」「特に懸念している点はありますか?」 といった具体的な問いかけで、部下自身の言葉で状況を語ってもらうように促します。
- 指示内容を部下に要約してもらうことも有効です。「では、今お伝えした内容を、〇〇さんの方でまとめていただけますか?」と伝えることで、理解のズレがないかを確認できます。
- 質問しやすい雰囲気、つまり「心理的安全性」を日頃から醸成しておくことが前提となります。どんな質問や疑問も否定しない、馬鹿にしないという姿勢を示すことが重要です。これにより、部下は分からないことを隠さずに質問できるようになり、早期に期待値のズレを発見・修正できます。
3. 期待する「完了」の定義を言語化し共有する
業務の完了や成果物の「合格ライン」に対する期待値は、世代間で最もズレやすい点の一つかもしれません。
- 「適切に処理しておいて」「分かりやすくまとめて」といった抽象的な指示ではなく、「このレポートは、〇〇部長への報告資料となるため、数字の正確性に加えて、△△の観点からの考察を必ず含めてください」「このタスクは、最終的に顧客に提供する機能の一部となるため、ユーザーが迷わずに操作できるレベルを目指してください」 のように、期待するアウトプットの具体的な状態や目的を言語化し、共有します。
- 可能であれば、過去の良い事例やテンプレートを示すことも参考になります。これにより、具体的なイメージを共有しやすくなります。
4. 定期的な進捗確認と対話による軌道修正
指示を出して終わりではなく、業務の途中で定期的に進捗を確認し、対話を通じて期待値とのズレがないかを確認します。
- 進捗確認は、管理のためだけでなく、部下へのサポートや方向修正の機会と捉えます。「どこまで進んでいますか?」「何か困っていることはありませんか?」といった声かけから始め、必要に応じて具体的なアドバイスや情報提供を行います。
- もし期待値とのズレが見られた場合も、頭ごなしに否定するのではなく、なぜそうなったのか背景を聞き、互いの認識をすり合わせる機会とします。「この部分については、〇〇のようなイメージをしていたのですが、何か難しい点がありましたか?」「次回以降、△△のように進めると、よりスムーズかもしれませんね」といった建設的な対話を目指します。これは、部下の成長を促すと同時に、ハラスメントと誤解されるリスクを減らす上でも有効です。
5. 部下からの提案や意見を聞く姿勢を持つ
期待値のすり合わせは、上司から部下への一方的な伝達ではなく、相互理解のプロセスです。部下の方から業務の進め方や内容について提案や意見が出た際は、真摯に耳を傾けます。
- たとえ自分の考えと異なっていても、まずはその意図や背景を理解しようと努めます。「なぜそのように考えたのですか?」「その方法のメリットは何ですか?」といった問いかけで、部下の思考プロセスを引き出します。
- 部下の提案が、期待する成果に繋がる可能性があれば、そのアイデアを尊重し、取り入れることも検討します。これにより、部下の主体性やモチベーションを高めることに繋がります。同時に、上司自身が新しい視点を得る機会にもなります。
期待値のすり合わせがもたらす効果
これらの対話を通じて期待値をすり合わせる努力は、一見手間がかかるように思えるかもしれません。しかし、これを行うことで、以下のような多くの肯定的な効果が期待できます。
- 指示伝達の効率向上: 誤解や認識のズレが減り、手戻りが減少します。
- 業務の質の向上: 部下が期待されているレベルを理解して業務に取り組むため、成果物の質が高まります。
- 部下の成長促進: 期待値の明確化は、部下にとって具体的な目標設定となり、自身の成長に必要なスキルや知識を意識する機会となります。
- 信頼関係の構築: 丁寧な対話は、上司と部下の間に相互理解と信頼を育みます。これにより、部下は安心して質問や相談ができるようになり、ハラスメントへの懸念も軽減されます。
- チーム全体の生産性向上: コミュニケーションが円滑になることで、チーム全体の連携が強化され、生産性向上に繋がります。
まとめ:対話を通じて「お互いの当たり前」を共有する
世代が異なれば、「仕事における当たり前」や「期待するレベル」が異なるのは自然なことです。重要なのは、その違いを認識し、積極的に対話を通じてお互いの期待値を言語化し、すり合わせていく努力を怠らないことです。
今回ご紹介した対話術は、特別なスキルを必要とするものではありません。日々の指示連絡や進捗確認の際に、少し意識を変え、部下の方とのコミュニケーションを一方的な伝達ではなく、相互理解のための「対話」として捉え直すことから始められます。
「言わなくても分かる」ではなく「丁寧に伝え、理解を確認し、共通認識を作る」。このプロセスを積み重ねることで、年下部下との間の期待値のズレは確実に小さくなり、よりスムーズで建設的な協力関係を築くことができるはずです。ぜひ、明日からのコミュニケーションの中で、これらの視点を取り入れてみてください。